異色の警察ドラマ
今期ドラマで高視聴率を記録し大健闘したのが『ハコヅメ~たたかう!交番女子~』です。戸田恵梨香と永野芽郁がダブル主演を務めた本作は、これまでの警察ドラマと一線を画した「交番エンターテインメント」という新しいジャンルの作品です。
その中心となるのが、戸田恵梨香演じる藤聖子と永野芽郁演じる川合麻依の交番女子ペア。2人の関係はペア長(新任警察官の指導員)とペアっ子(指導される新任警察官)で、やり取りはまるで漫才のツッコミとボケ。藤がツッコんで川合がボケます。公務中の上司と部下の会話とは思えない軽妙で脱力感のある掛け合いが、むしろ女性警察官のリアルな日常を描いているようで、多くの共感を呼びました。
新人の成長物語
2人の掛け合いに注目が集まりましたが、ドラマの本筋は、先輩の藤に感化された河合が立派な警察官になることを志す新人の成長物語です。安定収入を求めてたまたま警察官になっただけなのに、真面目に仕事=取り締まりをしていただけで忌み嫌われる。空き巣の匠に、ひったくり犯、UFOの目撃と、休む間もなく通報が入る。不眠不休の24時間勤務に、休日もプライベートはゼロ。新人の川合は、交番勤務にやりがいを感じられず辞表を握りしめます。
そんな川合の前に現れたのが、刑事課のエースで、「人の皮を被ったマウンテンメスゴリラ」と呼ばれる藤です。ある事件が起きた時、藤の迅速で適切な行動によって人名が救われたこと、また警察官としてのプロ意識を目の当たりして、川合は提出した辞職願を取り下げ、警察官を続ける道を選びます。
やはりカギは心理的安全性
仕事柄、なんでもかんでも組織開発や人材開発の視点で眺めてしまうのは悪い癖だとは思うのですが(苦笑)、このドラマにもつい学びを求めてしまいます。というのも、新入社員が「思ってたのと違う!」と、リアリティショックに苛まれて早期離職してしまう。これはどの企業もが直面している頭の痛い問題です。こうした残念な事態を未然に防ぎ、その新人が自律自走していくストーリーは、まさにオンボーディング好事例に他なりません。
着目すべきはペア長・藤とペアっ子・川合の最強の関係性です。最初でこそ、でこぼこなペアだったのが、信頼の絆で結ばれたバディへと変わっていき、川合のエンゲージメントもぐんぐん高まっていきます。
川合「私もイケメンの彼氏が欲しいですーっ」 藤「その欲望、勤務中に出す声量じゃないでしょ」 川合「ムリですぅー、抑えられません!」といった掛け合いが中盤の5話にあります。ふざけた会話に聞こえますが、ここまで冗談を言いあえるのは、二人の間に、いわゆる“心理的安全性”が担保されている証拠です。
率直な相互フィードバックが機能
警察学校を主席で卒業した優秀な警察官で、刑事課のエース刑事だった藤は、サバサバしていて思ったことは忖度なしでハッキリ言うキャラ。実はこのキャラ設定が重要でした。藤の川合に対する言葉は、か弱い新人への忖度はありません。耳の痛いこともきちんと伝える彼女の率直なフィードバックが奏功したわけです。
しかし、ただ厳しいだけではありません。本来のフィードバックは、その根底にあるべき“心配と信頼”をベースにさまざまな言葉で語りかけることが求められます。「ホッとしたり、ヒヤっとしたりを繰り返しながら警察官になっていけばいいよ」という藤の言葉からも、川合を見守る温かい眼差しが伝わってきます。このスタンスが宿っているからこそ、関係性の構築が進み、のちに部下から上司に向けて率直なアウトプットができるようになる。そんな好循環につながるのです。川合は、藤の率直でいてハートフルなフィードバックによって開花していったのです。
教科書どおりだからこそ
組織開発と人材開発の観点で「ハコヅメ」を点検してみると、心理的安全性を高めること、そのためにもフィードバックを磨くこと、が重要であると改めて痛感させられます。部下が率直に感想や疑問を言えるかどうか、立場を気にせず心の内を伝えることができるかどうか。上司のフィードバックが起点となって、部下との相互フィードバックが機能する。これは心理的安全性が高まっていくメカニズムそのものです。
藤のようなコミュニケーションは確かに理想形かもしれないが、ドラマだから描けるわけで、現実の職場ではそんなにうまくいくわけがない。確かにそうでしょう。しかし現実には存在するノイズを取り除いた、ある意味で純度の高い教科書どおりのコミュニケーションだからこそ、その本質に近づくように真似てみる価値があるのではないでしょうか。
ちなみに、宿舎で藤と川合の部屋はおとなりさん同士。先輩の藤が川合の部屋に入り浸って酒盛りを繰り広げるシーンもたびたび描かれています。藤は図らずも飲みニケーションをも有効に駆使しているのです。絶滅の危機に瀕する飲みニケーションはいまどきリスクですが、こっちの方が真似しやすいという人が多いかもしれませんね(苦笑)。